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パラグアイの首都アスンシオン市からの発信です!!

アスンシオン首都圏 エッセイ・コラム・独り言

大型スーパー・イクア・ボラーニョス大火災-02・現場訪問・支援 (2004年 8月 1日)

イクア・ボラーニョス-V 現場へ (2004年 8月 7日)

今回火災を起こしたスーパーへ実際に行ってみました。火事が発生したのが1日(日)でしたので、初めての週末となります。実際に訪問してみますと外壁はそのまま残っており外からは意外なほど損傷が無いように見えました。

玄関の前には多くの人が集まっており、事故現場を眺めていました。一般車両は事故現場を中心にかなり大きな地域で立ち入り禁止となっており、現場前の大通りも人が多く居ました。

大通りの建物に近い半分は警察が厳重な警備を行っており近づく事が出来ません。消防関係の方に話を伺いますと消火・遺体の収容作業は終わったと話をしていました。ただ最終的な犠牲者の数はまだ確定していないとの事でした。

現場には多くの警察官、消防関係者、ボランティアの方などが居ました。

現場には多くの警察官、消防関係者、ボランティアの方などが居ました。

道の反対側には仮設事務所のテントが並んでいます。中には売店やらチパ売りもいます。スーパー向かいのディスコは死体置場として使用されていたそうです。(上の方にあるウルティマオーラ社の焦げた死体が並んでいる写真)

中央分離帯に十字架が立てられているのが印象的です。

その後しばらくしますと警察が「有毒ガスが出ているのでマスクを着用する事、不必要な人は現場から立ち去る事」とこの付近を立ち入り禁止にしました。

スーパーの裏手を歩いて火事の様子について近所の方達に話を伺っていますと、「隣の家の親子が火事で亡くなった」と話をしていました。早速お見舞いに伺いますとお母さんが娘と孫の写真を示して下さいました。優秀で自慢のお嬢さんであったそうです。


何ともやりきれません。

投稿-01:現場では消防団の方と話をすることができました。ご遺体は探せる限り探したそうで、8月 6日(パラグアイ時間)に発見したご遺体が多分最後だろうと話してくださいました。現在は、親(両親)をなくした子どもたちの心の傷をどうケアするかが問題になっているようです。昨日会いました厚生省の職員によると、親御さんを亡くしたショックから子どもたち数名の自殺が相次いだそうで、今後益々増加することが懸念されているとのことです。一方、世界中から集まってくる莫大な義捐金があり、その使途の透明性についても社会問題になっているようです。到着しましてから見聞きした草の根の活動には、火災現場の傍に蝋燭を灯すためにペットボトルに砂をつめたものを準備する方々や、現場でひたすら祈る方々、火災現場で働く消防団の方に食事を準備するグループ、被害者のご家族をケアするグループなどがあるようです。様々な方々がそれぞれ、できる範囲のことを精一杯行っている姿に大変心を打たれました。また、火災現場で「あたなは中国人ですか」とパラグアイの女性から聞かれ、「いいえ、違いますがどうしてですか」と答えると、「食堂で働いていた友人の中国人女性が行方不明なので心配でたまらない。死亡者リストの中に中国人の名前はないのだが、もしあなたが中国人なら知っていると思って聞いてみた。中国の方ではなくてごめんなさい。」と悲しそうに答えてくださいました。

投稿-02:スーパー イクア ボラーニョの大火災から早くも2週間が経ち、ようやく落ち着いてきた感じです。ときあたかも御巣鷹の日航機事故の16年目などと報道されていましたが、その犠牲者数は520人。それに比較できるほどの400人以上の死者をこの小さな国で出した今回の事故の衝撃をつくづく感じています。この事故の特色は日曜のスーパーとあって、家族全部が被災して消え去ってしまったケースが多かった事だと思います。又一方、両親を失って孤児になってしまった子供たちも多いとかなんとも悲しい事でした。さて事故の原因ですが、報道などから総合すると、
(1)燃料用液化ガスの爆発説は500L入り大型容器が無傷であったことから早い時期に否定されました。(2)結局、屋根のトタン板の断熱用ウレタン材、発砲スチレンなどで出来た高度に可燃性の天井材、食堂の焼肉炉の不適当な設計の煙突、しかもその保守管理が悪かった事などから、爆発に先立つ数時間前から天井裏で火災が起こっており煙が充満していた。(ごく少数の人々は気がついたとか)これに火災の進行などの理由から突然、酸素が供給されバックファイヤーと呼ばれる爆燃状態となったという推定のようです。
(3)この煙は更に出口を求めて地階の駐車場に周り、新しい酸素を得て再び大爆発を起こして多くの自動車を焼くと共に、そこでも犠牲者が発生したという事です。
(4)これに大型冷蔵室のコンプレッサーの爆発も絡んでいるとの事ですが、この辺はよく理解できません。
爆発に伴って、可燃性の天井は直接落ちてくるし、一旦上に押し上げられた屋根も柱から外れて崩壊してきたわけですから、下に居た人々は堪った物ではありません。日本では換気口などで天井裏の換気にも配慮していますが、ここでは天井を張る習慣が少ない事も有って、その辺が疎かになっていたのではないか等と想像しています。それにしても恐るべきエネルギーが蓄積したものです。建築物の認可や監督の任のあるアスンシオン市役所は苦しい立場のようですが、これを契機にパラグアイが、安全な国になる事を念じています。

イクア・ボラーニョス-V に関して

Datos del Ycua V

Horario de Atencion : 07:00 hs. – 22:00 hs.
Direccion : Avd. Artigas Esq. Santisimo Sacramento.
Telefono : 283-351 / 3

イクア・ボラーニョス・スパーの四番目の店舗として営業。場所は動物公園に近いトリニだーとアルティーガスの角になります。店舗は斬新なデザインで目をひきますが少々悪趣味でグロテスクな感じもあり、当方は訪問した事も無く今までHPにも取り上げておりませんでした。別の第三店舗が開店した際に一度行きましたが、品質はともかく安い商品を並べているという印象でした。

会社のウェブサイトにある写真を紹介します。

「パラグアイML」の (2004年 8月 9日)


パラグアイML では篤い思いから有志の方が義捐金を募り一週間で21万円が集まりました。このお金を丁度パラグアイに出張されて来た方が当地に持って来て、これをグアラニに変え小切手を用意して13チャンネルに持ち込み寄付いたしました。色々な形で寄付を受け付けていますが、政府系の受付は不透明な点が多いと新聞で批判されている中、最も国民の信頼を集めているのが「13チャンネル」です。通常の番組は止めて義捐金・寄付その他大火災に関する情報を取り扱って生放送しています。透明性が高く、本当に困っている人達に支援が届くと国民が信頼を寄せています。

日本円:208,000 円 X’51.70 = 10,753,600 グアラニ
ユーロ: 20       X 7130  =    142,600 グアラニ

合計:10,896,200 グアラニ (下記小切手の額面)

(写真:日本のパラグアイML有志の皆さんから届いた義捐金の小切手)

この小切手を持参して13チャンネルに行きました。事情を事前に話しておきましたので、生放送のスタジオに通されました。


(写真:13チャンネルのスタジオ)

義捐金の紹介と共にオークションが行われており、皆さんが持ち込んだカメラ、絵画、サイン入りユニフォームなど色々なものがオークションに掛けられていました。


(写真:13チャンネルのオークション)

また色々な方たちが紹介されていました。下記の写真はお子さんのご夫妻を失われてお孫さんが残り、その祖父母が子供達を引き取り生きて行く決意を述べていました。このような境遇にもかかわらず寄付を行っていました。


(写真:息子さんご夫婦を失われたご家族)

9日の午後6時45分に我々(藤掛さんと田中)が生出演しました。日本での皆さんの篤い思いを二人で伝えました。


(写真:MLの皆さんの義捐金を手渡す:藤掛さんと田中)

放送局の廊下は義捐物資で一杯になっています。

(写真:日系ジャーナル記事:8月15日号)

03・静岡でチャリティーコンサート (2004年 8月24日)

静岡市では日系2世と音楽家のご主人によるチャリティーコンサートが開催され、多額の義捐金が集まりました。


ゲレロさんの弟さんがカナル13に出演して義援金を渡す。(2004年 9月07日)

静岡でのチャリティーコンサートの義援金は当地のカナル13に寄付されました。9月 7日朝の「ソナ・フラカ」という番組で、まずキャスターの方が上記の新聞記事を紹介し、その後でゲレロさんの弟さんが出演して小切手を手渡しました。

04・ルシア塩満さん義援金を寄付 (2004年 9月07日)

同じ日にルシア塩満さんもご自身並びに友人・知人からの義援金をカナル13に寄付しました。最初にルシア塩満さんと高山直敏さん(ギター)のお二人で演奏を披露されました。


第二回・寄付金に関して(2005年 8月31日)
世界そしてパラグアイにおいても次々に色々な事件が発生し、一年前に起きた火災は既に遠い過去の出来事のような気がします。多くの国民は自分自身の日々の暮らしに忙しく被災者のその後に思いを寄せる事も少なくなってしまったように感じます。

テレビ局に寄付をして以降に届けられた金額は
50,000 円 @52.2 = 2,610,000 グアラニ
20US$@5,875=117,500 グアラニ
30,000 円 @58.0 = 1,740,000 グアラニ
合計 4,467,500 グアラニ
となります。(換算レートが異なるのは入金した時点でグアラニにしている為です)

これを片親もしくは両親を失った9名の方に500,000グアラニ(最後の方には467,500グアラニ)を差し上げました。話を伺うと補助、援助というのはほとんど届いておらず暮らし向きはどの方も困窮を極めているように感じます。パラグアイの貧困層のどうにもやるせない思いが伝わって来ました。今回寄付をとりまとめていただいた広瀬さんの奥さんである広瀬アデラさんから被災者の家族の皆さんに直接お渡しいたしました。

「奇跡体験アンビリボー」・9月 5日放送に関して(2013年08月31日)
2013年7月末に当方のこのサイトを見て「奇跡体験アンビリボー」の制作会社より問い合わせがあり、火災から9年後の8月1日に行われる追悼式典の様子を取材して番組にしたいとの事で知り合いに依頼し取材が行われました。当時日本でも大きく取り上げられた事件ですので記憶されている方も居るかも知れません。パラグアイとしては人命軽視の余り名誉な話ではありませんが、この悲劇を契機に安全そして人命への意識が劇的に変化した事も事実です。

(番組サイトから)「アンビリバボーな客対応」を特集してお送りする今夜、まず、南米パラグアイで起きたとんでもない客対応から起きた悲劇をお届けする。パラグアイでは毎年8月に国をあげての合同葬儀が行われる。今から9年前、首都郊外にある大型スーパーで大火災が発生、400人以上の尊い命が失われたのだ。このスーパーはイベントスペースやフードコートも兼ね備えた地元の住民に大人気の施設で、悲劇が起きたこの日は、給料日直後の日曜日だった。店内は1000人を超す客でにぎわっており、人々は思い思いに休日を楽しんでいた。開店から2時間後、突如店内のある場所で火の手があがった。瞬く間に火は燃え広がるが、なぜか店内に煙は充満しない…。しかし、確実に燃え広がった炎は突然大爆発!人々はわれ先にと出口に殺到するが、外に出られない…。なぜ、この火は誰にも気づかれず燃え広がったのか?なぜ、人々は店外に脱出できなかったのか?その原因は、経営者のあるとんでもない客対応にあった…。

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