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政治・経済

パラグアイの政治-07・2013年大統領選挙・カルテス大統領就任

今までの大統領選挙(2013年 3月11日)
大統領が民主化が実施されて約20年、国民が大統領を選ぶ民主的な大統領選挙は過去4回実施されています。また一回副大統領選挙が行われています。過去五回の大統領選挙、副大統領選挙を振り返ってみたいと思います。

1992年:憲法改正が行われ、大統領の任期はストロエスネル長期政権の反省から一期5年とされ再選は認められない事また上位者による決選投票は無く、一回の選挙で一番多く得票を得た者が大統領に就任する事等が盛り込まれました。

1993年:ロドリゲス大統領の強い支持の元、事業家で与党赤党候補のフアン・カルロス・ワスモシ氏が当選し、39年ぶりの文民大統領が誕生となりました。選挙は青党ドミンゴ・ライーノ氏、実業家のギジェルモ・カバジェロ・バルガス氏の三つ巴となり、与党が選挙協力をすれば勝てるのにという意見もありました。ワスモシ政権時代、金融政策の失敗から金融危機が生じ、多くの金融機関が倒産しました。反政府の動きが活発となり、政治的にも不安定な状況となり1996年にリノ・オビエド氏がクーデターを計画したようですが、色々な事情、外国からの圧力で実行せずに断念したとされています。ワスモシ大統領に対する評価は低く、自分の金儲けに走ってしまった等とマイナスの評価を受けています。

1998年:大統領選挙に向けて赤党の党内候補争いが熾烈となり、軍出身の1996年にクーデター未遂事件を起こしたとされるリノ・オビエド氏と党幹部のルイス・アルガーニャ氏が激しく争いました。1997年9月に行われた党内選挙でオビエド氏が赤党の大統領候補とされましたが、不透明な部分も多いとされ、アルガーニャ候補の陣営からは選挙結果に対して強い抗議があり、両者の激しい対立の中、1998年3月に2年前にオビエド氏が画策したとされるクーデター未遂事件に有罪の判決が下り、10年の禁固刑とのことで、身柄は拘束され大統領候補から外されました。ただ、赤党は党内選挙でのオビエド氏の勝利は認め、オビエド氏の副大統領候補であった実業家のラウル・クーバス氏を大統領候補に繰り上げ、次点の大統領候補であったアルガーニャ氏を副大統領候補としました。1998年5月の選挙では赤党は挙党体制のクーバス(大統領候補)・アルガーニャ(副大統領候補)のコンビとなりました。ただ、クーバス陣営では「オビエドに自由を」というスローガンを用いるなどアルガーニャ派との確執は続き、赤党内部での火種を残しながらの選挙戦でした。それでも真正急進自由党(通称青党)を中心とする野党連合(ライーノ大統領候補-フィリソーラ副大統領候補)に対して10%近い差を付けて勝利し、クーバス氏が大統領に就任しました。赤党は大統領と副大統領が全く相容れない状況で新政権が発足し、政権を安定する事が出来るのか不安視され注目が集まりました。

1999年:1998年8月15日に就任したクバース大統領は4日後の8月19日に特赦令を出し大統領候補であったオビエド氏の拘束を解きました。アルガーニャ派などはこれに反対し党内の抗争は一段と激しくなり野党からもオビエド氏特赦に対して強い抗議の姿勢が示され、クーバス大統領への批判は増大し国会は空転、翌年1999年3月にアルガーニャ副大統領暗殺にまで発展しました。国会ではクーバス大統領への弾劾決議が審議され、抗議からバスなどは無期限ストに入り国会前には多くの市民が大統領への抗議に集まるなど市民生活にも大きな影響が出ました。これに対してクーバス大統領は国会前で抗議に集まっていた群衆に対して力で対抗し、軍を投入し戦車まで繰り出し騒然とした状態となり死者5人、負傷者は40人を出す惨事となり、クーバス大統領に対する批判は強まり、ついにクーバス氏はブラジルに亡命し、この時点で正副大統領が不在という異常事態となりました。前回当選したワスモシ大統領、そしてクーバス大統領と二代続けて実業家が大統領に当選しましたが評価は散々でした。

憲法に拠りますと正副大統領が不在となった場合には上院議長が昇格する規定になっており、上院議長であったルイス・アンヘル・コンサーレス・マキ氏が大統領に就任、アルガーニャ派が与党赤党の実権を握り、非常事態ということで、野党有力者も協力する姿勢を示し入閣し挙国一致連立政権が誕生しました。また、2000年6月には拘束を免れてブラジルで潜伏していたオビエド氏はブラジル政府によって身柄を拘束されました。

2000年:副大統領不在の為、憲法の規定により2000年8月に副大統領選挙が実施され、赤党からは故アルガーニャ氏の子息であるフェリックス・カルロス・アルガーニャ氏が弔い合戦という意味を込めて候補者となり、青党からはフリオ・セサール・フランコ(通称:ジョジット)氏が候補者となり選挙が行われました。赤党は副大統領選挙であり、またオビエド派の造反、油断もあり、結果は僅差で野党・青党のフリオ・セサール・フランコ氏の勝利となりました。これにより大統領は与党赤党の所属で選挙を経ずに昇格したゴンサレス・マキ氏、副大統領は選挙で選ばれた野党青党のフリオ・セサール・フランコ氏という非常に変則的な政権となり、政府として一致した政策を打ち出せない状況に陥りました。オビエド・シンパによる抗議行動、政府への不信、ゴンサレス・マキ大統領の不用意な行動・発言から混乱し、政治的には非常に不安定になり、青党など野党側から再三大統領に対して辞任要求が出されましたが、赤党はゴンサレス・マキ大統領が罷免されると青党の副大統領のフリオ・セサール・フランコ氏が大統領に昇格してしまう事になるので、とにかくゴンサレス・マキ大統領を支えました。

2003年:大統領選挙に向けては1998年の大統領選挙以来、政治的に不安定な状態が続いていたので、「リーダーシップの在る政策を打ち出せる大統領」が望まれていました。与党赤党の予備選挙は実業家のオズワルド・ドミンゲス氏と党幹部のニカノル・ドゥアルテ氏の争いとなりました。ドミンゲス氏は人気サッカーチームである「オリンピア」の会長であり、南米クラブナンバー1を競うリベルタドーレス杯に優勝しトヨタカップに出場した手腕が高く評価されていました。世界一を決めるトヨタカップの対戦相手は当時世界最強とされていたレアル・マドリーで、もし仮にこの試合に勝利した場合は直後に行われる党内予備選挙でも勝利は間違い無いと噂されていたのですが、試合の結果はオリンピアの惨敗で、この影響も大きく作用しニカノル・ドゥアルテ氏が赤党候補に選出されました。実業家の大統領が二代続けて芳しくなかった事も影響していたように思います。青党からは現職の副大統領であるフリオ・セサール・フランコ氏が、これに実業家で新政党・祖国愛国党を設立したペドロ・ファドゥル氏が名乗りを挙げ、三つ巴の選挙戦となりました。野党連合が成立すれば勝てるという事で連立も模索されましたが双方譲らず、結果は与党・赤党のニカノル・ドゥアルテ氏が37.1%の得票で勝利し大統領に就任しました。ニカノル・ドゥアルテ氏は当初は新鮮さもあり、概ね好評でしたが政権半ばから腐敗が目立つようになり、60年以上続く赤党の長期政権に対する不満の声が高まりました。

2008年:独立系として元司教のフェルナンド・ルゴ氏が大統領候補として名乗りを上げ、南米ではブラジル・ルーラベネズエラ・チャベス、エクアドル・コレア、ボリビア・エバ・モラレスと大衆主義の反米的な左翼的な大統領が続いて登場しており、注目を集めました。祖国愛国党は前回有力候補として僅差で3位となったペドロ・ファドゥル氏を候補として擁立し、注目の青党はルゴ氏と選挙共闘を組み、ルゴ氏を大統領候補に押し立てました。オビエド氏は2007年に公民権を回復し、赤党とは別の政党(ウナセ)を結党しており、大統領候補として名乗りを上げました。これに対して与党・赤党はドゥアルテ大統領が再選に意欲を燃やし再戦を可能にするようにと憲法を改正しようと試みましたが実現せず、腹心のブランカ・オベラル教育相を後継者に指名し、自身は後見役として政治の中枢に残るとしました。一方、刷新を訴えるルイス・カスティグリノーニ副大統領が出馬し、赤党内選挙はオベラル女史とカスティグリノーニ氏の争いとなりました。党内選挙は混乱し数々の不正や不備が見つかり選挙区によっては再選挙も行われました。最終的には僅差でオベラル候補の勝利とされましたが、不透明な点が多くカスティグリノーニ氏は納得せずこれを不満としオベラル候補の勝利を認めないまま大統領選挙戦に突入しました。カスティグリノーニ氏がオベラル候補を支援するかどうかが注目されましたが、投票前日には「他の候補者達は票を盗まれないよう気をつけろ、自分の支持者は一番悪くないと思う人に投票するように」と発言するなど、最後までオベラル候補を支援する姿勢を示しませんでした。赤党内部がまとならないまま、左翼連合と青党の統一候補が勝利しフェルナンド・ルゴ氏が大統領に当選しました。

2012年:非合法な土地無し農民が警官隊を殺害するという事件に対して以前から土地無し農民寄りのルゴ大統領は毅然とした対応をせずにいた為、議会は弾劾裁判を実施ました。青党に政権が渡ることを嫌っていた赤党はそれまでは大統領弾劾には反対の立場でしたが、それまでの左傾化した政策、隠し子の発覚などのモラルの問題などで態度を変え、ルゴ大統領の罷免に協力する立場を取り、弾劾は成立しフェデリコ・フランコ氏が大統領に昇格しました。、

民主化以降の歴代大統領
1993年:ワスモシ大統領(選挙で選出、任期を全うした)
1998年:クーバス大統領(選挙で選出、任期途中で亡命を余儀無くされた)
1999年:ゴンサレス・マキ大統領(上院議長から繰り上げ)
2003年:ニカノル・ドゥアルテ大統領(選挙で選出、任期を全うした)
2008年:フェルナンド・ルゴ大統領(選挙で選出、途中で弾劾された)
2012年:フェデリコ・フランコ大統領(副大統領から繰り上げ、現職)

という事になります。任期を全う出来たワスモシ大統領、ニカノル・ドゥアルテ大統領共にその後の評判は余り芳しいものでは無く国民から尊敬を受けている状況とはとても言い難いのが現状です。

過去五回の大統領選挙の得票数の推移が出ていました。1989年の時にはまだストロエスネル政権下で公正な選挙ではなかったと言われています。2008年は青党はルゴ氏と連立を組んでの得票です。

(写真:過去5回の青党・赤党得票数:ABCコロール紙)

現在の情勢(2013年 3月11日)

パラグアイではこの4月21日に総選挙がおこなわれ、正副大統領、45人の上院議員、80人の下院議員、18人の南米共同市場(MERCOSUR)議員、17人の県知事とそれぞれの県議会議員を選出する事になっています。ストロエスネル大統領時代は独裁政権でお手盛り選挙行い30年以上政権を維持していました。1989年にクーデターが起き、大統領となったロドリゲス将軍は民主的な大統領選挙実施を約束し、1993年から5年毎に実施されれています。当初は民主主義が根付いて居ない、稚拙な選挙活動、選挙でしたが、パラグアイ国民は色々な失敗、挫折も経験し、次第に民度が上がって来ているように見えます。民主主義には時間と経験が必要なのでしょうね。


1993年から本格的な民主的な方法で選ぶ大統領選挙が行われるようになり、5年毎に党内候補選び、連立を組むかどうかなど半年前から国民の大きな関心事となり、色々なドラマがあり、盛り上がりを見せていたのですが、今回は様相がかなり異なります。前回の選挙では内部抗争で自滅した赤党は今回はまとまりを見せて早くから候補を一本化し、オラシオ・カルテス氏を大統領候補とし万全の体制をひいています。与党の青党は政権に就いてからの半年間、無難に切り抜けて来ましたが、青党だけの力では赤党に対抗するだけの力は無いように見えます。エフライン・アレグレ元労働相を大統領候補として選出し選挙運動を行っていますがどこまで支持を伸ばせるか注目されています。オビエド党(ウナセ)は常に大統領選挙において台風の目となっていたオビエド氏を大統領候補として擁立する事を決め選挙活動を行っていましたが、ヘリコプターの墜落事故で死亡してしまいました。オビエド氏あってのウナセなので急速に求心力を失ってしまいました。ルゴ氏を支持する人達は貧困層を中心に結集を図かり、フエルテ・グアスなる政治組織を作り活動していますが、前回のような盛り上がりは無いようです。

このような状況で、赤党の候補であるオラシオ・カルテス氏が断然優勢との見方が有力です。与党のエフライン・アレグレ氏がこれに続いていると見られています。各種世論調査では結構拮抗しており、オラシオ・カルテス氏がそのまま当選するのかエフライン・アレグレ氏等の対立候補が追い上げを見せる事が出来るのか注目しています。

(写真:青党・ラファエル・フィリソーラ副大統領候補・エフライン・アレグレ大統領候補:ABCコロール紙)

有力4候補で討論会(2013年 3月18日)
有力4候補を招待して討論会が開催されました。今週と来週の2回にわたり行われるもので今回は主に経済、外交、次回は教育、衛生等のテーマで討論を行います。有力候補として招待されなかった主に左翼候補は不満を表明し、また開始直後には妨害の為に停電となるなど多少の混乱はありましたが討論会は行われました。また最大紙のABCコロールは投票一ヶ月前として世論調査を公表しました。オラシオ・コルテス候補が優勢で37%、レスライン・アレグレ氏が30%でこれに続き、後の候補は10%未満と苦しい情勢になっています。大方の見方は上位2候補の争いでオラシオ・コルテス候補が断然優勢というものです。多数の候補で票が割る場合には当選ラインは大体40%程度となる事が多く今回も大体このくらいになると思われます。

(写真:有力4候補:ABCコロール紙)

(写真:世論調査:ABCコロール紙)

一方のウルティマ・オーラ紙ではカルテス候補の支持が40%迫る勢いを示しています。

(写真:世論調査:ウルティマ・オーラ紙)

青党とオビエド党との合意なる(2013年 4月 6日)
選挙まで2週間に迫っている中、劣勢が伝えられる与党アレグレ候補とオビエド党が選挙合意に至ったとの報道が流れました。カリスマ的なリノ・オビエド氏を事故で失い支持率がいまいち伸びない中、オビエド党は青党候補者であるアレグレ氏を支持すると表明しました。選挙公示前に両者で話し合いが行われ、大統領候補-青党、副大統領候補-オビエド党という形で統一候補を出す動きがあったのですが、不調に終わりそれぞれ独自候補を立てて選挙戦を戦って来ましたがこのままでは共倒れになるとして合意に至ったものと推測されます。オビエド党からも入閣する事を明言しており、連立政権となる見込みです。

合意直線に行われた世論調査では赤党・カルテス候補が37.6%、青党・アレグレ候補が31.7%と赤党優勢の状況ですが、オビエド党・オビエド候補への支持率が7.1%あり、単純に合算すれば38.8%あり、カルテス候補を上回る事が出来ます。オビエド支持者が必ずしもそのままアレグレ支持に廻るのかどうかは分かりませんがこの合意で両候補の支持率がかなり拮抗した状況になったことは間違いないと思います。追い上げを図る青党・アレグレ候補、どこまでオビエド党支持者から支持を得ることが出来るのか、赤党支持者にも食い込む事が出来るのか注目です。

(写真:インタビューに答えるアレグレ候補)

最後の追い込みカルテス候補断然有利のまま終盤戦に(2013年 4月14日)
14日は選挙前最後の日曜日、赤党カルテス候補支持のキャンペーン・キャラバンが通過して行きました。100台の自動車が音楽、爆竹を駆使して華やかに行進して行きます、お祭りの山車のノリです。支持者は自宅から出て旗を振り応援します。

(写真:赤党カルテス候補)

(写真:赤党キャラバン-01)

(写真:赤党キャラバン-02)

4月14日にウルティマオーラ紙に出た世論調査では更に差が開きカルテス候補が断然有利との事です。15日の新聞にはカルテス氏が実質的に経営するアマンバイ銀行がパラグアイで金融危機が発生した1996年に南太平洋上に在るクック諸島というタックスヘーブンの島にアマンバイ・トラスト銀行を開設し2000年まで営業を行っていたという事です。銀行が内外を問わず子会社を作る際には中銀に届ける必要があるとの事ですがこの銀行は書類上の銀行で実際に事務所を開いていたわけでは無く2000年には閉鎖したとの事です。これに対してカルテス氏はアマンバイ・トラスト銀行の株主ではなかったですし、全く関係ないと釈明しました。この説明に納得しない若者150人程がカルテス氏の自宅前で抗議活動を行う事態となっています。

右派伝統政党が復活へ 21日にパラグアイ大統領選(共同)
昨年6月、中道左派のルゴ前大統領の弾劾で周辺国から反発を受け南米の関税同盟、南部共同市場(メルコスル)を加盟資格停止となっているパラグアイで21日、大統領選が行われる。中南米ではベネズエラのチャベス前大統領登場後に各国で左傾化が進んだが、中道右派の伝統政党擁立候補が当選する見通し。ルゴ政権発足前に約60年間政権を維持した伝統政党、コロラド党の実業家カルテス氏(56)と、別の伝統政党、真正急進自由党(PLRA)のアレグレ前上院議員(50)との事実上の一騎打ち。世論調査ではカルテス氏がわずかに優勢。両党とも中道右派で外資導入による経済成長維持が公約。メルコスルは、大統領選後に加盟資格復活を協議する方針だ。カルテス氏は共同通信に対し「自由市場は発展に不可欠で、早急に復帰を目指したい」と話した。

大統領選の投票開始=与野党候補が一騎打ち-パラグアイ(時事)
南米パラグアイで21日、任期満了に伴う大統領選の投票を開始した。11人が出馬する中、事実上、与野党候補者が一騎打ちの構図。前回選挙で約60年ぶりに野党に転落したコロラド党が政権を奪還できるかが争点だ。副大統領選、議会選も合わせて行われ、即日開票される。新大統領の就任日は8月15日で、任期は5年。

21日にパラグアイ大統領選 与野党一騎打ち(日本経済 )
南米パラグアイで21日に大統領選挙が行われる。与党の真正急進自由党(PLRA)、野党で2008年まで約60年間政権の座にあったコロラド党の候補者が競っており、事実上の一騎打ちの構図だ。5年前の政権交代後に国内政治が混乱。長期政権の安定性が再評価され、世論調査では野党のコロラド党がやや優位に立っている。即日開票で、結果は早ければ21日夜(日本時間22日午前)にも判明する見込み。11人が立候補しているが、与党のアレグレ前上院議員(50)と、実業家で国内有数の富豪である野党のカルテス氏(56)が競る。直接選挙による単純多数で勝者を決め、決選投票はない。次期大統領は8月に就任し、任期は5年となる。パラグアイでは12年6月、貧農による農地不法占拠事件の対応に失敗した左派連合のルゴ前大統領を議会が罷免。副大統領だったPLRAのフランコ氏が大統領に昇格した。周辺国は弾劾の経緯を批判し、関税同盟メルコスル(南米南部共同市場)での資格を停止する処分を下した。大統領選後に資格について協議する見通しだ。

ルゴ元大統領弾劾のパラグアイで大統領選挙(世界日報)
2012年に中道左派のルゴ元大統領を弾劾・罷免した南米のパラグライで21日、現職フランコ大統領の任期満了に伴う大統領選挙が実施される。就任式は8月15日の予定で、任期は5年。パラグアイでは、2012年6月、土地なし農民と治安部隊の衝突から17人が死亡する事件が発生、中道右派のコロラド党など野党は、この事件の責任を中道左派のルゴ元大統領に問う弾劾裁判を行い、罷免した。ルゴ元大統領は、議会による弾劾裁判をクーデターだと批判、メルコスル(南米南部共同市場)などに加盟する他の南米各国もこれに同調、パラグアイはメルコスルと南米諸国連合(UNASUR)の加盟資格停止処分を受ける事態となった。今回の大統領選挙では、パラグアイは国際社会からの制裁解除を受けるために米州機構(OAS)などから多数の選挙監視団を受け入れることになっており、選挙後には南米諸国連合への復帰が決まりそうだ。一方、大統領選挙には10人が立候補しているが、事実上、中道右派コロラド党のカルテス候補(56)と、中道の真正急進自由党から出馬しているアレグレ前上院議員(50)の一騎打ちとなっており、5年ぶりに保守政権が誕生する可能性が高い。世論調査結果はカルテス候補有利だが、アレグレ候補も故リノ・オビエド陣営の支援を受けるなど差をつめている。元陸軍司令官で保守のオビエド氏(69)はアレグレ候補の叔父にあたる。オビエド氏は、今回の大統領選挙への出馬を表明していたが、今年2月にヘリコプター事故で死亡していた。パラグアイでは、伝統的に保守政党が強く、現最大野党のコロラド党は、ルゴ元大統領が登場する以前は、半世紀近くに渡って同国政治の中心となってきた。元神父のルゴ元大統領は、「解放神学」の影響を受けながら同国の貧民街で宣教活動を行ってきた。2008年の大統領選挙では、貧困対策や土地改革を訴えながら、半世紀以上続いてきた保守政権を打倒、左派政権を誕生させた。しかし、2009年に、神父時代に宣教地の複数の女性と性関係を持っていたことが発覚、隠し子が見つかるなど国内を揺るがす事態に発展した。南米最貧国の一つでもあるパラグアイは人口の3分の1が貧困層に所属、同国経済も停滞している。カルテス、アレグレ両候補共に、民間資本の導入などによる経済活性化を訴えているが、同時にカルテス氏はタバコ絡み、アレグレ氏は土地絡みでの汚職疑惑を抱えており、新政権は、こうした汚職疑惑を一掃するだけの成果を求められることになりそうだ。

赤党カルテス候補圧勝 (2013年 5月 5日)
4月21日の大統領選挙では赤党のカルテス候補が事前の大方の予想通り圧勝しました。開票率99.26%の時点でカルテス候補45.8%、アレグレ候補が36.94%、マリオ・フェレイラ候補が5.88%、ルゴ前大統領の党から出ていたカリーリョ候補が3.32%、ミゲル・カリソサ候補が1.13%という結果でした。大差が出て他の候補も文句の付けようも無くすんなりと当選が確定しました。パラグアイにおいては普通に戦えば赤党が勝てる、日本で自民党が勝てるのと同じような土壌があるように思います。これは政権与党としてずっとパラグアイの政治のリードして来ており人材的にも組織的にも資金的にも他を圧倒しているからです。前回の選挙ではラテンアメリカで起きている左傾化、社会主義化の流れの中で貧困層から支持を受けたルゴ氏が青党と組んで勝利したのですが、これもルゴ氏の左傾的な言動が支持されたというよりは赤党が内部で混乱が生じ自ら負けたと見られています。要するに普通に戦えば勝てると考え、赤党は挙党態勢で一丸となって今回の選挙に向けて政権奪還を旗印に早くからカルテス氏を候補者として一本化し万全を期していました。

1993年の民生選挙実施以降の赤党候補はワスモシ氏(実業家)、クーバス氏(実業家)、ドゥアルテ氏(党人派)、オベラル女史(党人派)となっています。前者3人は当選し大統領となっていますが、ワスモシ氏は金融危機を招き、クーバス氏は就任直後に政治的混乱を起こし亡命を余儀なくされ、ドゥアルテ氏は憲法を変えて再選を可能にしようと画策し大きな抵抗に遭い、それならばと院政をひこうと候補者選定の段階で党内を混乱させ、結果的に政権を明け渡す事態となりました。国民は大統領になりたい人というのは在任中に自身の利益の為、金儲けの為なのだと看做すようになってしまいました。前回ルゴ氏が当選した最大の理由は元司教という経歴、それまでの清貧な生活態度からモラルを持ち汚職に関わる事は無いだろうと国民が考えたからだと思います、政策には余り期待していなかったと思います。実際には聖職者時代に多くの女性と性的な関係を持ち隠し子が次々と出るなどモラルは無く、金に纏わる噂も絶えず、誘拐事件等にも関わっていたのではないかとの疑惑を持たれていました。政治的な経験は勿論無いので有効な政策を打ち出す事も無く最終的には退陣に追い込まれてしまいました。ただ社会主義的な発言から一部の貧困層からは支持を得ていたのは事実であり、今回の選挙では上下院で7議席を獲得し第三勢力となりました。

対立候補をみますと、最大のライバルと見られていた与党・青党のアレグレ候補はフランコ現政権とは一線を画し選挙戦の間も二人揃ってマスコミに登場する場面はほとんどありませんでした。反赤党で結集しようと他の政党に呼び掛ける前に青党内部をしっかりとまとめ切れて居なかった、与党の強みを生かし切れなかったように見受けれられまし、人物的な魅力ももう一歩という感じでた。また、前々回はファドゥル候補、前回はオビエド候補と二大政党以外で自身で政党を作り挑戦し20%以上の得票を得るほどの人々を惹きつける後一歩届かずというような有力候補が現れましたが今回は三番手以下が力不足であったように見えます。この数年政治的に大きな影響力を持ち今回の選挙でも台風の目となるのでは予想されていたオビエド氏が選挙を前に事故死した事もカルテス候補には有利に働いたと思います。

カルテス氏は今までの大統領の施政、退任後の評価を分かった上で大統領候補となっています。大統領選挙に関しても自己資金が十分にあるので紐付きの資金、要するに大統領就任後に見返りを期待するような資金を受け取る事をほとんどしなかったと聞いています。56歳ですので退任してからも長い人生があり、今までの大統領が退任後ほとんど尊敬を受けていない実情を理解した上で大統領になるので本当の意味で大統領としてパラグアイの為に国を豊かにする為に働くのではないかと期待されています。一般市民の意識としては、やはり大統領が貧乏人では国は金持ちになれない、この際、パラグアイ有数の金持ちに託してパラグアイの国自体を金持ちにしてもらおうというような考えなのでしょう。今まで発展から取り残されて来たパラグアイ、逆に言うと非常に大きなポテンシャルを有しているとも言えます、国民から尊敬される指導者として国を発展に導くことが出来るのか注目しています。

(写真:勝利したオラシオ・カルテス候補:ABCコロール紙)

勝利したカルテス氏はフランコ大統領を訪問し笑顔での会談となりました。ネクタイはそれぞれ党の色、青党から赤党への政権交代が実現した事が分かります。

(写真:青党フランコ大統領、勝利したオラシオ・カルテス候補:ABCコロール紙)

新政府がまず取り組む課題は「貧困対策」と明言しました。

22日の新聞では以下の通り得票率が出ていました。カルテス候補の圧勝ですが過半数を取るまでには至りませんでした。3位以下の候補は伸び悩み、過去にはファドゥル候補を押し立てて22%の得票を得たこともある愛国党は今回の選挙では選挙活動も一番早く開始したにも関わらず得票率1%台の惨敗でした。

政権与党に付きながら惨敗した青党、大統領候補であったアレグレ氏が静かに去っていく中、皆が党首であったブラス・リャノ氏に罵声を浴びせている様子が描かれています。青党の敗北は事前から予想はされていましたが、大統領選挙では大差で負けるなど作戦が間違っていたのかも知れません。ルゴ大統領の弾劾以降、近隣諸国からのパッシングを受けながらも世間ではフランコ大統領はよくやったと評価されていました。与党である強みを活かす事が出来なかったのは不思議な気がします。あるアレグレ氏を囲んで話を聞く会で「与党フランコ大統領の後継としてやって行く気はないのか、現在の政権がしっかりやっているので今の政治を引き続き行って行く気はないのか」という趣旨の質問があったのですが、アレグレ氏は明快な回答はありませんでした。与党でありフランコ政権の良さをアピールし大統領と共に選挙戦を戦っていれば展開は変わったかも知れません。反赤党で結集しようと呼び掛けていましたが、まず青党内をしっかり固めて一枚岩にする努力をなすべきであったと思います。

カルテス氏が具体的な政権プランを披露するのに対してアレグレ氏は「何には幾ら投資する」というような発言が目立ち質問を受けても具体的に質問者が目に浮かぶような回答を見せる事はありませんでした。また相手候補を非難する場面が多く見られました。民度が上がって来て演説の中で相手を単純に誹謗中傷しても有権者には響かなくなって来ており返って人間性を疑われ逆効果であったように見えます。優勢を伝えられるカルテス候補の政策に対して具体的な論争を挑む場面がほとんど無かったのが残念です。選挙に対する作戦の失敗があったとしてブラス・リャノ党首に対して非難が集中し辞任を余儀無くされました。せっかく得た政権をチャンスとしてしっかりと次に繋げる事が出来なかった事で下野することとなり、出直しとなります。一方の赤党は選挙に大勝し政権復帰し再生に掛ける強い赤党を目指すことでしょう。この牙城を攻略するのはそう簡単な事ではないように感じます。 


パラグアイ大統領選、中道右派が政権復帰へ カルテス氏当確(共同)
南米パラグアイで21日、大統領選が行われ、選挙管理当局の開票速報によると、中道右派コロラド党のオラシオ・カルテス氏(56)の当選が確実な情勢となった。地元メディアの出口調査では同氏が過半数の票を得た。2008年の前回大統領選で約60年ぶりに野党に転落した同党が政権に復帰する。中南米では近年左派政権が多く誕生、パラグアイでも前回は左派のルゴ氏が当選したが、今回は右派政権が誕生することになる。昨年6月にルゴ前大統領が弾劾され、左派の周辺国が反発。南米南部の関税同盟、南部共同市場(メルコスル)から加盟資格停止処分を受けており、新政権は早期復帰を目指す。

パラグアイ 大統領にカルテス氏 中道右派が政権復帰(共同)
南米パラグアイで二十一日、大統領選が行われ、選挙管理当局の発表によると、中道右派コロラド党のオラシオ・カルテス氏(56)が約46%を得票、当選した。二〇〇八年の前回大統領選で約六十年ぶりに野党に転落した同党が政権に復帰する。中南米では近年、左派政権が多く誕生し、パラグアイでも前回は左派のルゴ氏が当選していた。カルテス氏は「国民全員に信頼してもらえるよう働く」と勝利宣言した。現与党、真正急進自由党(PLRA)のアレグレ前上院議員(50)は得票率約37%で、敗北を認めた。昨年六月にルゴ前大統領が弾劾され、左派の周辺国が反発。南米南部の関税同盟、南部共同市場(メルコスル)から加盟資格停止処分を受けており、新政権は早期復帰を目指す。カルテス氏は国内有数の実業家で、外国企業誘致を通じて主要産品の大豆や牛肉の輸出頼りの経済構造脱却を目指し、工業化を進める方針。八月十五日に就任する。任期は五年。前回大統領選では、少数左派政党出身のルゴ氏がPLRAと協力して連立政権を樹立。ルゴ氏は貧農による土地不法占拠事件への対応が批判を受けて弾劾され、昨年六月、PLRAのフランコ副大統領が大統領に昇格した。

パラグアイ大統領選、中道右派が政権奪-企業家カルテス氏の手腕に期待(時事)
南米パラグアイで21日、任期満了に伴う大統領選挙が行われ、中道右派野党コロラド党のオラシオ・カルテス氏(56)が勝利した。同党は前回大統領選で野党に転落したが、豊富な資金力と組織力で5年ぶりに政権を奪還した。就任は8月15日で、任期は5年。政治活動歴が短いカルテス氏にとって、インフラ整備や外国企業の誘致を実現し、安定的な経済成長につなげられるかが課題となる。選管当局が発表した暫定結果によると、カルテス氏の得票率は45・9%。汚職撲滅などを訴えた与党・真正急進自由党のエフライン・アレグレ氏(50)は36・9%だった。パラグアイは2012年、ルゴ大統領(当時)の罷免手続きをめぐり南米各国から「クーデター」と反発を受け、国際的に孤立。域内の首脳会議への参加を拒否される状態が続いており、周辺国との関係改善も急務だ。カルテス氏は、銀行やたばこ会社など25社を傘下に置く国内有数の企業グループのオーナー。政治活動の開始は09年と遅いが、「企業経営で成功した手腕を政治に生かす」と訴えて選挙戦を制した。左派政権が多い中南米の中で、親米で開放経済政策を取るメキシコやコロンビアなどとの関係強化も目指すとしている。コロラド党は約60年間にわたって与党として安定的な政権運営を続けたが、08年大統領選で内部分裂して候補者調整に失敗し下野した。

パラグアイ、コロラド党が5年ぶり政権復帰(読売)
南米パラグアイの大統領選が21日投開票され、中道右派で野党コロラド党のオラシオ・カルテス氏(56)が、与党候補ら10人を破り、当選を決めた。任期は5年。8月15日に就任する。前回2008年の大統領選で敗れるまで約60年間与党だったコロラド党が、5年ぶりに政権復帰する。中央選管の暫定集計で、カルテス氏の得票率は46%に上った。対抗馬の中道右派で与党・真正急進自由党のエフライン・アレグレ氏(50)は同37%にとどまり、ロイター通信などによると、同氏は21日夜、敗北を認めた。勝利したカルテス氏は、金融やたばこ、食肉など26企業の経営を手がけるパラグアイ屈指の実業家。以前は政界と距離を置いていたが、09年にコロラド党に入党。腐敗イメージが強い同党の改革を唱え、豊富な資金力などを武器に有力幹部になった。選挙戦では、外資導入による経済活性化や雇用創出などを訴えた。

保守野党のカルテス氏初当選 パラグアイ大統領選(朝日)
南米パラグアイの大統領選が21日投開票され、保守の野党コロラド党から出馬した事業家のオラシオ・カルテス氏(56)が、連立与党リベラル党のペドロ・アレグレ氏(50)を抑え、初当選した。同党の政権返り咲きは5年ぶり。南米では数少なくなった保守政権の誕生となる。選挙管理当局の発表によると、開票率81%時点の得票率はカルテス氏が46%、アレグレ氏は37%。投票率は約68%だった。カルテス氏は同日夜、勝利宣言し、「すべての国民のための道具となって働く。信頼を得られるように全力を尽くす」と語った。

パラグアイ大統領に当選、オラシオ・カルテスさん(朝日)
国内では知らぬ人のいない事業家だ。高校卒業後、航空関連会社を経営していた父の勧めで航空工学を学ぶため米国に留学。帰国後、父の会社で働き、銀行や牧畜など様々な企業を立ち上げた。年々、事業を拡大し、25社を擁するカルテスグループを作り上げた。サッカーやバスケットボールなどスポーツ好きでも知られる。2001年には人気サッカーチーム「リベルタ」のオーナーとなり、パラグアイサッカー協会の役員も務める。所有する小型飛行機やヘリコプターを操縦して飛び回る。保守のコロラド党員となったのは4年前。政治家としてのキャリアがないまま、瞬く間に大統領にまで上り詰めたのは、その資金力と、経営手腕、斬新なイメージに期待したからだといわれる。

保守派が政権奪回-パラグアイ大統領選挙(世界日報)

南米パラグアイで21日、任期満了に伴う大統領選挙が実施され、即日開票の結果、野党・中道右派コロラド党から出馬してい たオラシオ・カルテス氏(56)の当選が決まった。就任式は8月15日、任期は5年。同国中央選管によると、カルテス氏は45.9%の票を獲得、次点の真正急進自由党のエフライン・アレグレ上院議員(50)の得票率は36.8% に留まった。パラグアイでは、半世紀以上にわたって保守派政権が続いてきたが、南米全域で左傾化が続く中、2008年の大統領選挙で中道左派系で元神父のルゴ元大統領が勝利、左派政権が誕生した。野党となったコロラド党など保守派は、2012年にルゴ元大統領の弾劾手続きを行い、元大統領を罷免した(副大統領のフランコ氏が大統領に就任)。しかし、ルゴ元大統領が弾劾手続きを「クーデター」だと非難、国際社会や南米各国もこれに同調し、パラグアイはメルコスル(南米南部共 同市場)と南米諸国連合(UNASUR)の加盟資格停止処分を受けた。今回の大統領選挙では、パラグアイは、米州機構(OAS)や欧州連合(EU)から500人以上の選挙監視団を受け入れることで民主選挙を強調、 選挙後の国際社会復帰を目指している。パラグアイは、南米最貧国の一つとしても知られ、人口の3分の1が貧困層に属するといわれる社会格差に加え、土地の一極集中など社会内部に抱える問題は大きい。「解放神学」に傾倒し、布教地域での社会福祉活動などを通じて「貧者の聖者」と呼ばれたルゴ元大統領(元神父)が、政治経験なく 大統領選挙に勝利できたのも、こうした社会背景と国内の不満が原因だ。また、ルゴ元大統領は、イタイプダムの発電料金改訂などをめぐってブラジルと交渉、財政強化を目指していたが、慢性的な財政不足と経済停滞も問題となっている。新大統領のカルテス氏は、金融事業やたばこ産業などに携わり、パラグアイ有数を実業家として知られる。同氏は、政界からの汚職一掃に加え、選挙戦を通じて民間資本や外資を呼び込むことで経済の活性化と雇用創出をうながすと訴えてきた。新政権は、停滞している同国経済のてこ入れと同時に、一刻も早い国際社会への復帰を目指すことになる。

中道右派カルテス氏が当選 パラグアイ大統領選 (日本経済)

南米パラグアイは21日、大統領選挙を投開票し、野党コロラド党候補で実業家のオラシオ・カルテス氏(56)が当選した。同党は2008年まで約60年間政権の座にあった中道右派の伝統政党で、政権復帰は5年ぶり。前回の政権交代から5年間、パラグアイは政治の混乱が続いており、国民は長期政権を維持していたコロラド党の安定性を再評価した。新大統領は8月に就任し、任期は5年。カルテス新大統領は、毎年7%の経済成長と雇用創出を重点課題に設定。外国企業の誘致など民間資本を活用し、今後5年間で27億ドル(約2600億円)のインフラ整備を推進する計画を掲げる。国民の4割が貧困層とされており、貧困対策と教育の充実にも取り組む。選管によると開票率約68%の時点で、カルテス氏の得票率は約46%。与党で真正急進自由党(PLRA)候補のアレグレ前上院議員(50)の約37%などを大きく上回った。カルテス氏は21日夜(日本時間22日午前)、パラグアイ国旗を身にまとって選挙事務所前に現れ、「大きな責任だ。国民全体の大統領になる」と勝利宣言した。アレグレ氏は会見し敗北を認めた。コロラド党は、党歴は浅いものの経営者としての手腕に評価があるカルテス氏を候補にすえ、党の刷新を強調。成長に向けた「新たな道」をスローガンに選挙戦を進めた。前回は党内の分裂で苦杯をなめたが、今回は全国に張り巡らした組織網が威力を発揮した。パラグアイでは08年、左派と中道右派PLRAなどの連立政権が発足した。だが貧農による農地不法占拠事件の対応に失敗した左派のルゴ前大統領を、12年6月に議会が罷免。副大統領だったPLRAのフランコ氏が大統領に昇格した。周辺国は弾劾の経緯を批判し、関税同盟メルコスル(南米南部共同市場)の資格を停止する処分を下した。カルテス氏は「メルコスルとの関係を良くしていきたい」と訴えており、新政権の発足後に資格回復に向けた各国との協議を始める考えだ。

パラグアイ・コロラド党のカルテス氏は4月の大統領選で勝利し5年ぶりの政権復帰を決めた(日本経済)
 「ルゴ前大統領は政権担当能力が全くなかった。国民の期待を裏切った」。4月21日、パラグアイの首都アスンシオン市内で投票を終えた高齢男性はこう述べた。過去に約60年政権の座にあった伝統政党で中道右派のコロラド党を5年ぶりの復帰に押し上げたのは、有権者のこんな声だった。パラグアイでは2008年、左派連合と中道右派の真正急進自由党(PLRA)などによる連立政権が発足した。クリーンさが期待され大統領に就いた元司教のルゴ氏は隠し子騒動に見舞われ、寄り合い所帯の連立政権内の意見を調整できずに政策は停滞した。12年6月、貧農による農地不法占拠事件の対応に失敗したことで、ルゴ氏は議会に罷免された。今回の選挙でコロラド党は、実業家のオラシオ・カルテス氏を候補者に立てた。政治経験の乏しい従来とは異なった人材を候補者とすることで、政党刷新を印象づけることに成功、8月に政権復帰を果たす。パラグアイの邦字紙日系ジャーナルの高倉道男代表は「民主党への失望と、自民党の安定感への期待が後押しした日本と同じ現象」と分析する。日本では12年12月に民主党から自民党に政権が交代し、安倍晋三首相が再登板した。約3年3カ月ぶりの交代だった。安倍氏は前回の政権での失敗や教訓を生かした施策を展開しており、支持率も高く、株式市場も堅調に推移している。パラグアイで当選したカルテス氏は、毎年7%の経済成長と雇用創出を重点課題としている。外国企業を含む民間と連携しながら今後5年で27億ドル(約2600億円)のインフラ整備を進める計画で、在パラグアイの日本企業の間では期待する声もある。ただ国内有数の企業グループを経営してきたカルテス氏は、その豊富な資金力を元手に党内幹部に「札束攻勢」を仕掛けて、党内選挙に勝ったとうわさされる。選挙戦でも対立候補に麻薬組織との関わりを追及されるなど、黒いうわさには事欠かない。「時代が前に戻ってしまわないか」。有権者の中にはこうした懸念もある。「コロラド党は変化したと思う。政党内のことだけでなく国民のことを考えた施策を期待したい」。選挙日に地元テレビ、カナル9のアレクシス・コスコパネ記者は話してくれた。国民の声に応えられるかが問われる。



(写真:青党混乱の様子を風刺:ABCコロール紙)

カルテス大統領 (2013年 8月15日)
8月15日、寒い中予定通り大統領就任式典が開催され、オラシオ・カルテス新大統領が誕生しました。これで再び赤党政権に戻ることになりますが、カルテス氏は企業家であり、根っからの伝統的な赤党党員とは感覚が異なるので古い利権体質も残る党内の要求にどのように応えて行くのか注目されます。

パラグアイ=カルテス新大統領が就任=メルコスル復帰に前進か?(ブラジル・ニッケイ新聞)
15日、パラグアイでホラシオ・カルテス氏の大統領就任式が行われた。同大統領は近隣諸国との友好関係再構築への希望を口にした。15日付伯字紙が報じている。1時間弱に及んだ就任演説で、カルテス大統領はジウマ大統領やアルゼンチンのクリスチーナ大統領が、パラグアイのメルコスル(南米共同市場)復帰に向けて働きかけたことを賞賛した。パラグアイは昨年6月のルゴ大統領(当時)の議会での罷免を「非民主的」として、選挙で選ばれた新大統領が誕生するまで、メルコスルの参加権を剥奪されていた。カルテス氏の大統領就任をもって制裁措置の期限は終わったが、カルテス氏はメルコスル復帰に関する約束はこの日は行わなかった。だが、この日集まった周辺国首脳の前で、民主的な国家形成や、周辺国との協力を強化したい旨を話した。この演説のあと、アントニオ・パトリオッタ外相は「(カルテス大統領が)メルコスル復帰に向けて交渉する姿勢を見せたと思う」と解釈した。 この前日の14日、カルテス氏はジウマ大統領と会談を行っている。ジウマ大統領は会談後、好感触を得たと述べていた。また、カルテス大統領はクリスチーナ大統領やウルグアイのホセ・ムヒカ大統領とも会談の約束をさらに取り付けている。また、カルテス氏は14日午前、ペトロブラスやカマルゴ・コレアなどといった伯国企業の要人たちとも会談を行っている。パラグアイのイタイプ・ダムからの送電システムの工事は伯国企業の関心を呼んでいる。なお、パラグアイがメルコスル復帰に難色を示しているのは、パラグアイの権利剥奪中に、同国が参加国入りを反対していたベネズエラが加入を果たした上に議事国にまでなったからだが、そのベネズエラのニコラス・マドゥーロ大統領は就任式には参加しなかった。

(写真:オラシオ・カルテス新大統領-02:ABCコロール紙)



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